第13話「暗夜のレクイエム(1) – 情報屋」 – Short story “Requiem in the dark night chapter 1 – Information broker”

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滅ぼされた市街の外れに位置するかつては郊外だったその一角は、今では小さなコミュニティの市場となっている。
潰れされた家屋の一部を修繕して再利用したり、軒先の屋根だけ使って露店を構える者もいる。
コミュニティの四方には名うての傭兵が配備され、緊急時にはまず「鐘」が鳴らされる。
特定の波長の魔力に呼応して静かに鳴動するその鐘はコミュニティ参加者の証であると同時に、懐中警報装置だ。
懐の震えを感じた市民は、瞬く間に”店じまい”し、人々は隠された通路から各々に地下へと駆け戻る。
残されるものは都市の残骸だけとなり、侵入者の目に映るものは「たまたま市街跡でキャンプしていた数人の傭兵」だけとなる。
万一傭兵が全滅したとしても、侵入者は傭兵達が残したものと勘違いし、散見される残骸に疑いの目を向けない。
一見冷酷に見えるシステムだが、それは死にゆく世界に生きる者達ができる限り多く生き残るために編み出した、人類種としての生存戦略であった。


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市場は独特の”活気”に満ちている。
人が多数集まっている事を音で察知されないよう、人々は声を発しない。
その代わりに、高度に発達した手信号・ジェスチャーにより極めて密な会話が成立し、買う者も売る者も、ひっきりなしに手を動かしている。
足音だけが密やかに交差する市街は、その交易される経済規模で言えば、滅びが始まる前の中堅都市並である。
そんな中にあって、取引以外の目的でコミュニケーションを行う者は特に目立ち、噂になりやすい。
その男の出で立ちは、またたく間のうちに噂となって、市場全体に広がっていった。
「この顔に、見覚えは?」
そう走り書きされたメモには、痩けた頬、ギョロリとして底の見えない瞳、短く刈り込まれ乾燥した髪を持つ蒼白な男の人相が丁寧に描かれている。
そのメモはもう何度も使われてきたのか既に皺が寄っており、端が破けそうだった。
当然そんな男を知る者は市場にはおらず、会う者は皆、首を振った後、売買するつもりがないなら早々に去るよう手振りを返すだけだった。
そうして男が歩いて回るうちに、日が暮れ、市場は紅に照らされ、日没後に出現する怪異から避けるためか、商人達は次々と店じまいを始めていく。
落胆した様子で、男は崩落した廃屋裏の落とし戸に入り口を構えた酒場を見つけ出し、そこへと降り立っていった。
そこは元々は井戸があった竪穴を横に拡張して設けられたこじんまりとした部屋で、既に数人が薄暗いランタンの明かりの下でちっぽけなグラスを傾けている。
男は外套の中に隠していた長剣を机に立てかけると、酒場の主人に手振りだけで強めの酒を注文し、グラスの代わりにメモを返した。
酒場の主人もまた地上の商人達と同様の反応で、男は大きなため息をひとつつきグラスの中身を一度に飲み干したが、置いたグラスの先に、小柄な人物の姿が映った。
「人探し?」
男と変わらぬ外套に杖を携えた少女が、机の下から顔を覗かせて興味深そうに呟く。
子供は家に帰れ… という手振りをしようとする手を抑えて、少女がメモを覗き込む。
「屍術師ね、尖塔の」
一瞬で、男の顔が険しくなる。
「知っているのか?」
見ると、その少女は少女ではなく、ハーフリングだ。
半分ほどの背丈しかなくその顔は人間の子供そのものだが、チラリと見せた手先に子供らしからぬ硬い節が見られた。
「幾らまでなら出せる?」
掌を開いて差し出した。
彼女は、情報屋なのだろう。
こうした時勢において”人探し”は珍しいものではなく、離別した家族や消息不明の友人を探している者は少なからずいるものだ。
そして、こんな時勢にわざわざ人を探して巡る者などは、大抵の場合深い事情、それも感情的な理由が多い。
そうした者を相手に、”人探しのプロ”は高額な報酬を提示するのだ。
命を賭けて屍者の跋扈する世界を旅してまで探したいと思っている者なら、誰でも「金に糸目はつけない」と考える。
この剣士も、例外ではなかった。
しかし、彼の場合、その特殊な事情から、縋る気持ちよりも先に警戒心が心に芽生えた。
「…お前は、どこまで知っている?」
左手はグラスに手を添えたまま、外套の中の右手は剣の柄に触れている。
剣士から放たれた殺気を感じ取り、バーテンはそそくさとカウンター奥に引っ込んだ。
情報屋も一度は身構えたが、すぐに警戒を解き、落ち着き払って答えた。
「少なくとも、その男の味方ではないわ。尖塔から来た事だけは知っているけど、それ以外はまだわからない」
その言葉がどこまで本当かは、わからない。
酒場の主人が、揉め事が起きればどのような手段で対応するのか、裏に隠れた傭兵がどれだけいるか、わからない。
酒場の隅では、気配を殺しきれずに、顔を隠した小男がこちらをチラチラと落ち着きなさそうに盗み見している。
こんな場所で諍いを起こすのは、不本意であるし、得策でもない。
剣士は剣から手を引き、情報屋に体を向け直して軽く会釈した。
「すまない、挨拶が遅れた。俺はイクス」
「ヤンネよ、ご丁寧にどうも。痛み入りますわ」
挨拶の返事には、若干の皮肉が込められている。
「非礼は詫びよう。だが、この男がどういう奴かを知っているなら、この態度も許してもらいたい」
「ここから先の話は、幾ら出せるか次第よ」
改めて、情報屋ヤンネは掌を広げてみせる。
大きくため息をついて、イクスは懐から金貨の詰まった袋を引っ張り出し、その手に載せた。
「倍よ」
ヤンネは表情を変えずに言った。
「奥の男の分か?」
「…そうよ、2人分いただくわ」
「気配も満足に消せない情報屋を雇う価値があるか、甚だ疑問ではあるがね」
イクスは冷笑を浮かべてグラスを煽る。
ヤンネは奥の男に目配せをし、頬をかきながら袋を懐にしまった。
「いいわ、これでやってあげる。エトヴィン!アンタ仕事中に酒入れるなって言ったでしょ!?」
「姐さん、でもね… ここじゃ何も飲んでない方が怪しまれるんだよ」
頼りなさそうなエトヴィンと呼ばれたもう一人のハーフリングは、激昂するヤンネをなだめるのに苦心している。
まぁまぁ、となだめるために開かれたふたつの掌には剣術に通じる者には馴染み深い深く窪んだマメが見える。
情けなさそうな外見に似合わず、このエトヴィンという男も、人並み外れた技術の持ち主である事が伺える。
「まったく… まぁいい、2倍だ。受け取れ」
イクスは懐から同じだけの袋を取り出し放り投げると、背を向けていたにも関わらずヤンネは袋を後ろ手に掴み、微笑みながらイクスを見返した。
「交渉成立ね、きっと良い買い物よ」
「だから言ったろう、全身揃いの鎧を着れる奴に貧乏はいないって」
エトヴィンが笑いを噛み殺しながら呟いたが、ヤンネはその頭を力強く小突いた。
「それで、コイツはアンタの何?誰かの仇?」
イクスは、静かに首を振った。
「…俺の、兄だ。俺はこいつを殺すために探している」

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~つづく~

ショートストーリー」は、Buriedbornesの本編で語られる事のない物語を補完するためのゲーム外コンテンツです。「ショートストーリー」で、よりBuriedbornesの世界を楽しんでいただけましたら幸い

です。

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