第21話 『水と油の漂泊者《バガボンド》(1) – 俺を見るな』 Opposite vagabonds chapter 1 – “Do not see me”

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一筋の光が、空に瞬いた。

光は尾を引いて空を舞い、やがて夜空の果てに消えた。

全てのはじまりはなにか?

それを定める事は難しい。

病の蔓延が始まるまでには、1年以上の歳月を経ていた。

広がる病の真の恐怖が人々に認識されるまでにも、また数ヶ月かかった。

しかし、この地に災厄が訪れた瞬間を全てのはじまりとするならば、間違いなくこの夜こそが、全てのはじまりであったと言える。

この光の筋は幾人かの天文学者や占星術師達によって観測はされていたが、それをこの災厄と結びつけて考えた者は一人もいなかった。

それは、そうした立場に置かれた学者達が、同時に訪れた災厄と向き合うだけの余裕がある者がいなかったためとも言える。

或いは、仮にそのつながりに気がつけたとしても、何らかの手立てを打つ術を持つ者が一切いなかったのかもしれない。

奇病という災厄が細々と隠れ暮らす人々を襲い始め、コミュニティが存続するための僅かな生命線として機能していた流通は、今や自身の命を脅かす死の交易と化していた。

一切を断つ事もまた、生活に必要な物資の枯渇を、つまりは事実上の死を意味する。

人々は病の恐怖に怯えながらも、それでもコミュニティ同士をつなぐつながりを断ち切る事はできずにいた。

病が自分達のコミュニティには訪れないと祈りながら、まるで突然の死刑執行を待つ死刑囚のように、戦々恐々と日々を過ごしていた。

だが、それ自体もまた、彼らにとってはある意味で日常でしかない。

死の恐怖は昨日までも現実のものとして草葉の影から彼らを見つめていた。

「リスクの種類が1つ増えた」と書けば、或いはそれはそれだけの事だったと捉えられなくもない。

奇病がもたらすものは、既存の医療の知識からは全くの想定外のものだった。

感染者は徐々にその肉体を蝕まれ、どこともなく臓器不全を起こし、そしてそれは全身へ転移し、肌はまるで灰のように枯れ、やがてまるで炭の燃えカスのように、崩れて朽ち果てるのだ。

その肉体が崩れ落ちるその瞬間までは、犠牲者の意識や苦痛は損なわれない事が、またこの病が畏れられた所以となっている。

崩れ落ちていく自身に戦慄し上げられた断末魔は、生存者達に心的外傷をも与えた。


一方で、この病は別の脅威を生んでいた。

病の感染が見られた地域では、数の限られた家畜も、そのほとんどが命を奪われた。

だが、一部の家畜、そして野生の動物には、明らかに異常な、”変貌”とも呼ぶべき変化がもたらされていた。

四肢の不均一な膨張と萎縮、多眼化、硬質化や軟体化など、およそ同じ変化が見られる個体すらないほどに、その変貌は多岐に渡った。

植物にも変化が見られ、人間の肉体と同様に灰のように朽ちて枯れるものばかりであったが、その一部は異常な程にその幹や枝を太らせて、肉塊じみて歪に変形した実を実らせたりしていた。

こうした災厄が猛威を振るう中、この災厄が追い風となった者達もいた。

多くの人間はその宗教観、倫理観から、そしてまた、恐るべき地下の軍勢のもたらした呪いへの恐怖から、屍体に触れる事を極度に避ける傾向にあった。

しかし、必ずしも全ての人々がそうであるとは限らなかった。

忌み嫌われようとも生きる事を全力で選択する者達は、屍体から得られるものを得る事に躊躇う事はなかった。

いわゆる屍体さらい達は、そうして各地の墓所や犠牲の現場に現れては、屍体から活用可能なものを奪っていくのだ。

外傷で失われた命は、とても価値が高い。

臓器の移植は生存者の助けになるばかりでなく、冒涜の研究者達にとってはこの上ない”材料”ともなる。

勿論、肉体ばかりが屍体の活用方法ではない。

屍体の身につけたものは、当然どんなものでも新しい持ち主を必要としているだろう。

由緒のある人物の屍体であれば、その帰りを待つ人物がどこかにいるかもしれない。

僅かばかりか、或いは莫大な謝礼が得られる事もある、言ってしまえば”大穴狙い”の屍体だ。

社会の崩壊以前であれば重罪となったこうした行為も、今となっては咎められる者もいない。

「手を汚す事は避けたい」「でも欲しいものは手にしたい」という生存者は、彼らにとって良いお客さんだった。


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旧市街跡の奥を利用し、ひっそりと営まれていたこの集落も、やはり病に蝕まれて崩壊した。

瓦礫や建物の跡に張られたテントの下では、粉末のように崩れ去った灰や、まだ形を残した屍体などが残されている。

集落全体には酷い悪臭が立ち込めて、常人であれば意識を保つ事すら難しい空間に、蠢く人影が3つ。

まるで甲冑のようにその身を布で包み、顔を覆い、長靴で邪魔な屍体を足蹴にしながら周囲を物色する3人の部外者。

一人が、三重に織られた鍋つかみのごとき手袋で、屍体の灰を払い、主をなくした指輪をつまみ上げ、袋にそっと入れ、呟いた。

「このところはしけてんなァ…」

「ないよりはマシってな~」

隣の一人が、テントの中に顔を覗き入れながら答える。

「お前ら、黙って仕事しろ」

先行した一人が、後ろで愚痴を零す二人に促す。

「言うてリーダー、喋ったとこで手が止まるわけでもないでしょうに」

「違う、ここにはまだ何かいるかもしれん」

リーダーと呼ばれた男が立ち止まる。

視界の先に、うず高く積まれた屍体の山。

屍体の山?

後方の二人は、周囲を見渡し、背を屈めて懐から短刀を取り出した。

「先客が?」

「同業なら、叩く。だが、何らかの魔物ならすぐにここを出るぞ」

「「了解」」

張り詰めた空気が、薄暗い路地に重くのしかかる。

奇襲も予測したが、結果はそうはならなかった。

前方の瓦礫の先から、屍体を担いだ人影がゆっくりと出てくる。

リーダーは意を決し、口を開く。

「そこにいる者!こちらに来い!」

声を張り上げて、呼びかける。

人影は、一瞬動きが止まったかと思うと、ゆっくりとこちらに歩み寄って、担いだ屍体をゆっくり積まれた山に乗せた。

「なんだお前達は?」

屍体あさり達と同様に、布で全身を覆った男が、不敵に言い放つ。

「なんでもいいだろう」

リーダーが腰から短い杖のようなものを取り出し答える。

それを見て、男は大きなため息をつく。

「屍体あさりか、最近は本当に到着が早いな…」

言いながら、振り返りまたどこかへと向かうと足を進めようとする。

「待て」

リーダーは腕組みをして立ち尽くしている。

後ろの二人がゆっくりと前進し、男を左右から挟むように広がっていく。

「率直に言おう。ここは我々の縄張りだ。屍体を置いて、消えてもらえないか?」

背を見せたまま、男は足を止める。

「それならこちらも、率直に言おう… すぐにここを立ち去れ。死にたくないならな」

その言葉は、”悪党”なら嫌というほど耳にするものである。

そうして、その言葉に従う事が、自分達の立場にとって死活問題である事も彼らは重々承知していた。

程度の低い”悪党”ならここで大笑いしたり、激昂するところだが、彼らは違った。

3人の眼光が一層鋭く輝く。

リーダーもまた、深く息を吐いた。

「それを素直に聞ければ、我々も困らないんだがね…」

リーダーもまた、短刀を構える。

男はまだその場を動かない。

だが、指先が剣を求め、ゆっくりと開くのが見える。

抜かせる前に終わらせる。

そう思い、足の筋肉に力を入れる。

その瞬間、聞き慣れぬ鋭い音が響き、黒い影が頭上から飛来する。

頭上?

影は瞬く間に、広がった二人の屍体あさりの上部に覆いかぶさり、押し倒す。

黒い影を視界の端に捉える事に成功したリーダーは、突然の襲撃者を確認する間もなく回避する。

視界の先で、同じく飛来した黒い影をかわし、二つに断ち切る姿が見えた。

「なん…!?」

見ると、奇怪に変色し肥大化したカミキリムシのようなものが、しかしその大きさは大人の獅子ほどか?

覆いかぶさるように飛来したその昆虫は、倒れ伏した二人の屍体あさりの覆い布の薄い顔面に歯を立て食らいつき、声にならぬ悲鳴が街路に響く。

どこから現れた?

視線を上げる。

狭い路地の上方、建物の屋上から、さらに数え切れぬほどの昆虫がぞろぞろと壁に沿って降りてくる姿が見える。

倒れ込んだリーダーの周囲を、瞬く間に昆虫達が包囲する。

死んでたまるか。

立ち上がり、再び短刀を構える。

だが、周囲の昆虫達が動き出す前に、鋭い音が再び奥から聞こえてくる。

まるで並べられた瓶でも払うかのように、街路にひしめく昆虫をなぎ倒しながら、あの男が猛然とリーダーに向かい駆けてくる。

殺される…

咄嗟に目をつぶる。

しかし、想像されたものとは異なる衝撃が全身を打ち付ける。

三半規管が揺さぶられる感覚。

目を開くと、男はリーダーを脇に抱え、全力疾走している。

道中の昆虫達の間を抜けて、狭い街路を風のように駆けていく。


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目を開く。

街の外れ。

あの短時間で、人間一人を抱えて、この距離を?

一瞬、頭が理解に追いつかず、呆けのように周囲を見回す。

「だから言っただろうが、死にたくないなら立ち去れって」

男が、装いを解きながら悪態をつく。

「あ゛ー、暑い!!やっぱ俺はこれ嫌いだわ、アンタは?」

そう言いながら、男は着込んだ防護服を脱ぎ捨てた。

隆起した僧帽筋。

決して太くはないが、その内に鋼のような硬さを内包した上腕二頭筋。

男のその尋常ではない身体能力は、今隠される事もなく明らかにされていた。

水浴びでもしたかのように汗を流しながら、男はこちらを見て言う。

「ん?」

呆然と眺めてしまったがために、返事が遅れてしまった。

何を言えばいいのか?

自らが命を奪おうとした者に命を救われて、その者に何を?

「あ、ありがとう…」

それしか言えない。

彼はきっと、最初から、我々の身を案じてくれていたのだ。

だが、それ以上に、私はその強さに、心を奪われていた。

自分だけでなく、他人の、それも”敵”であるべき私の命さえも、何故守れるのか。

私は強くない。

誰も守れない。二人も…

二人はもう助からないだろう。

俺のせいで死んだんだ、あいつらは。

まだ若かったのに。

頭こそ良くはなかったが、悪い奴らでもなかったのに。

「俺はジョセフ。アンタ、名前は?」

その弾けるような笑顔を私に向けないでくれ。

私は、出来損ないの人間だ。

こんな拾い物の杖に頼るような、半端者だ。

生きた人間も相手にできないような、臆病者だ。

彼のような、本物の冒険者とは違う。

自分一人も守れないような、弱い人間だ…

目をそらし、服を脱ぎ、答える。

「俺は… ゴードンだ」

衰えた、柳のような貧相な肉体。

これだけの厚着でも、汗もそれほどかいていない。

しなびた白髪、髭。

屍体あさりがこんな枯れた老人だなんて、笑いものだろう。

だが、ジョセフは真顔だった。

「アンタだけでも無事で良かったよ」

笑ってくれた方がまだ幾分か良かったろうにと思った。

今一番目にしたくない顔、慈悲に満ちた哀れみが、そこにはあった。

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~つづく~

ショートストーリー」は、Buriedbornesの本編で語られる事のない物語を補完するためのゲーム外コンテンツです。「ショートストーリー」で、よりBuriedbornesの世界を楽しんでいただけましたら幸い

です。

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