建造物と共に残された文献から、帝国の歴史の多くを探る事ができる。
しかし、終焉に際しての記録は、当然ながら遺されていない。
徐々に人々が去っていったのならその過程の記録が遺されているはずであろう事から、「一切の記録が遺されていない」事で「遺す間もなく全ての人々が同時にいなくなった」とする説もある。
当然それは、帝国がいかにして終わったかを説明していない。
ここからの記録は、断片的に残された帝国末期の状況と、そこから補完された描写であり、真実とは異なる可能性がある点にはご留意いただきたい。
10年に渡る外征の後、盛大な建国記念パレードが行われた。
建国当時からの熱狂はこの時期にも変わらず凄まじく、パレードもつつがなく終了した。
覇王自身も、容貌は建国当時とほとんど変わらなかった。
人々は、本当に半ば心から、永遠にテオ帝による統治が続くとすら信じている節があった。
ただ、ここに来て覇王は、外征を1年中断する方針を打ち出した。
急激な拡大路線によって吸収された地域のインフラ整備と流通の安定化が追いつかず、新たに吸収合併された地域での不満が顕在化しやすく、結果併合の受け入れが渋られやすく、強引な外交手段に頼るケースが増えていた。
あいも変わらずテオ帝のカリスマは絶大な影響力があり、対面する民衆のほとんどが彼への敬愛と服従の意志を示す一方で、彼の足が及ばない地域では明らかに治安の悪化と労働士気の低下が見られた。
テオ帝が一旦国内を顧みる時間を設けると決めた事には疑問の余地はなく、臣下達から否定的な意見が出る事は当然なかった。
ただ、実際にはテオ帝は、外征をやめてからのほぼ1年間、魔術院の研究施設と後宮にばかり入り浸っていたと記録されていた。
その時期に何をしていたのかを詳しく記録した資料はないが、テオが、エルピダと面会したときの記録が、現在でも帝国滅亡の鍵として、研究者達の間で取り沙汰されている。
それは、魔術院研究員が残した断片的な手記から推測されるものである。
およそ10年ぶりに魔術員を訪れたテオに対して、エルピダは極めて冷淡な反応を見せていた。
ただそれは、無理からぬ事ではあったのかもしれない。
二人の間柄を考えれば、エルピダが自分の元を離れていったテオにどんな思いを抱いていたか、想像に難くない。
人払いされたために誰も二人がどんな会話を交わしたのかを知る者はいないが、その手記には、次第に声を荒げて、言い争うように放たれたいくつかの言葉が遺されている。
「そのための10年だったのか、馬鹿げている」
「全ての人々を真の意味で救うためには、全てを終わらせなければならない」
「君はもっと聡明なはずだ、皆が理解できるように説明はできないのか」
「我々は呼ばれているのだ、一人では行けない場所へ」
「本当にそれが答えなのか、すぐには理解できない」
「こればかりは、あなたにしかお願いできない」
尋常ならざる様子の二者に不安を感じた旨が手記には残されていたが、最後には「皇帝陛下の思惑を余人が図る事など、不敬に等しいだろう」と締められている。
面会後のエルピダの様子や、その後の彼の動向などは、はっきりとした資料がどこにも残されてはいなかった。
しかし、日誌など、日々の営みを記録した資料は多く残される中で、エルピダに関する記録だけがまるで意図的に隠されたかのように見つかっていない事実は、後世の歴史家達にとっては大きな謎となっている。
この出来事の数カ月後に、帝国の人々は謎の失踪を遂げる。
帝国外からやってきた者達によって帝国の滅亡に判明するまで、残された生活痕から判断される限り、一ヶ月はかかったものと見られている。
全ての終わりは唐突に訪れたらしい。
作りかけの料理、放置された家畜、途中まで結ばれた縄。
何が帝国を襲ったのか、知る者はいない。
歴史はやがてその都市を飲み込み、ある地には新しく流れ着いた者達が住まい、またある地は朽ちて地の底に埋もれていった。
そして、その地の謎は、深い眠りへと閉ざされていった。
運命の日が訪れるまでは。
最も古く忌まわしい予言。
「地の底より古代の覇王が蘇り、屍者の軍勢を率いて地上を支配するだろう」
最初に予言がなされた出処は極めて曖昧で、時期も判然としない。
文献には、古代の帝国が滅びた時期と同じくして、その忌まわしき予言を触れて回る不審な男の姿が各地に見られたと記されている。
この人物が、失われた帝国の紋章を誂えた外套をまとっていたとする証言も残されているが、浮浪者や無学な農夫などばかりで信頼できる類の証言者がいなかったため、真偽は確認できていない。
そしてまた、各地の様々な宗教の敬虔な信徒達が、同時期にこの予言者が告げたのと全く同じ内容の啓示を受けるという事件が発生していた。
啓示は様々な形でもたらされた。
夢の中の声、白昼現れ語りかける白い影、視界の端をちらつく光の内に見える幻像など…
この不吉な符丁は、忌まわしい予言として現代に至るまで言い伝えられていく事となる。
この予言の存在は世界中に知れ渡っていき、知らぬ者のいないものとなった。
ある者は文献で、ある者は年長者からの口伝で、ある者は夢の中で、その予言を見聞きし、知っていった。
歳月を経て、いつか訪れるであろうこの予言の日を心のどこかで信じながら、しかしどこか他人事のように、実感の伴わない言葉として記憶の奥にしまっていった。
新しい国が興り、また滅び、そうした盛衰の歴史が何百年も、あるいは千年以上ものの間続き、世界は大きく様変わりしていった。
古代の帝国はおとぎ話の昔々へと過ぎ去っていった。
そしてある日、唐突に、予言は現実のものとなった。
「遂に、今こそ、最も古く忌まわしい予言は現実のものとなるのだ!!」
街頭で叫ぶ男に振り返る者はいない。
戦争に疲弊した市民は、そうした終末論者など見飽きていた。
だから、その男がまとう外套にあしらわれた紋章がどこのものであるか、注目する者もいなかった。
誰一人として、都市の地下から這い出してくる者達の存在には気がついていない。
「古代の覇王が蘇ったのだ!世界は、今こそひとつに還るだろう!」
喧騒は悲鳴に変わる。
屍者の群れが雑踏に襲いかかり、血しぶきが街路を赤く染めていく。
そうして、倒れ伏した哀れな犠牲者が新たな屍者の波となって、次なる犠牲者を求めて市中に波及していく。
どこかの商店で倒れたランタンから火の手が回ったのか、やがて屍者の群れを追い立てるように、街を炎に包んでいく。
終末を叫んだ男は、炎の中、屍者の群れの中を歩み始める。
屍者達は、男には目もくれず地中から無数に這い出ては街へと広がっていく。
男は瞳を見開いて、空を見上げる。
「今こそ、見えるぞ… お前があの日見上げた光が… この空一面に… 呼んでいるのだな、私達を」
男は、燃え落ちる都市の奥へと消えていった。
この紋章の外套を身にまとった男は度々迷宮で目撃されており、覇王に迫る探索者の前に姿を現し、現在も暗躍しているとの噂が絶えない。
この男、あるいは男達が、過去に予言を広めた者やそれに連なる者であるとする説もあるが、定かではない。
「あら…」
地下深く、埋もれた都市の跡、朽ち果てた城塞の中を歩む女が、ふと歩みを止めて、足元に転がる欠けた盃を拾い上げた。
「懐かしい、同じ形のものを使っていたわ」
息を吹きかけると、ボロボロと金属片が粉のように綻び崩れて、風に舞って散る。
「あなたは、覚えているかしら?酌み交わした日のこと…」
振り返った先に佇む黒い影は、微動だにしない。
「…そうでしょうね」
女は、ため息をついて視線を道の先に戻した。
眩いばかりの光が瞬いて、視界を塞ぐ。
その強烈さに当てられて、女はよろめく。
黒い影は咄嗟に左腕を差し出し、腰を抑えて女を支えた。
助けられながら、女は自身の足で真っ直ぐ立ち直した。
「ありがとう、愛しい人…」
返事はない。
黒い影は、無言で女を追い抜き、黴臭い回廊を歩み始める。
女は悲しげな瞳でその後ろ姿を見つめる。
そしてその後を追って歩み始めた。
光の導くままに。
歴史にも残されていない、秘められた約束。
光を見出した少女は魔女になり、魔女はやがて覇王に寄り添って、世界に終焉をもたらす予言の執行者となった。
人としての心を残しながらその道を征くのは、正気で成るものではありえない。
あるいは光を見出したその日から、人は人をやめてしまうのかもしれない。
引き裂かれそうな心中を誰にも吐露できず、時折、たまらなく憎らしいのだ。
だからせめて今は、人の心を残しながら隣にいられる自分を、誇っていたいのだ。
終わりも救いもない戦いは幕を開けた。
古代の覇王が指揮する軍勢は、世界を覆いつつある。
人々は、絶望的な戦いに身を投じ、抗い続けている。
しかし、それも永遠に続くものではないだろう。
いつの日か、全ての人類が争いの中に死に絶え、世界から人の命が完全に失われる日が来るかもしれない。
その日が来たとき、地下の底で、覇王は何を思うのか。
古代の覇王が一体何を目論んでいるのか、知る者はいない。
悲願である、真の帝国を築かんとしている。
全人類に対する憎悪に駆られている。
途方も無い計画のために、人類の命を利用しようとしている。
そのどれもが、全く確証のない想像に過ぎない。
想像する事などに、意味はないとする者もいる。
理解する事で、対話から活路が開けるかもしれないとする者もいる。
そのどちらも、あるいは間違っていないのかもしれない。
誰よりも慈悲深く孤独な少年は、誰にも祝福されずに生まれ、全ての人を祝福するために死ぬだろう。
~おわり~
「ショートストーリー」は、Buriedbornesの本編で語られる事のない物語を補完するためのゲーム外コンテンツです。「ショートストーリー」で、よりBuriedbornesの世界を楽しんでいただけましたら幸い
です。