第47話 『覇王降臨(3) – 転機』 Advent of the Overlord chapter 3 – “Revolution”

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全てがひっくり返って新しい秩序が支配するまでに、時間はかからない。

国の最後の治安を守るはずだった兵士達が、城へと殺到した。

守るべき立場の者がいないのだから、それは戦いですらなかった。

城にいた数えるほどの特権階級者達は、残らず市中の広場に引きずり出された。

それは、然るべき結果であったと同時に、にわかには信じ難い光景でもあった。

誰一人として、行動に異を唱える者はいなかった。

集団は、驚くほど整然と政治責任者達を引き立てた。

そのあまりの整然さに、疑いなく広場まで自分の足で歩んできた者さえいた。

それは、帝国の、最初で最後であり、静かなるクーデターだった。

しかし、無血では成らなかった。

陣頭に立っていたテオは、黒色の甲冑を身にまとい、広場へと現れた。

黒髪をたなびかせて、細身の長剣を佩いていた。

「このような事を、一体何の権利があって…!ワシらが何をしたと言うんだ!」

石畳の上に横たえられ狼狽するロー氏を前に、テオは冷たい視線を投げかけた。

「そんな事、どうでもいいのですよ」

テオは剣を抜いた。

ロー氏の顔が青褪める。

「これまであなた方が何をしてきたのか、そんな事は何の問題でもないのです」

「では…」

剣が高く掲げられる。

「これからの帝国にあなたのような方は必要ない、それだけです」

鋭い軌跡が弧を描き、皺まみれの頭部が宙を跳ねた。

テオは剣を殊更に掲げ、民衆や兵士達はそれに呼応して爆発する。

そうして、テオは次々に帝国の要人達の首を刎ねていき、それに応じて国が沸く。

血が流れ、熱狂が最高潮に達していく様を、エルピダだけは冷静に見つめていた。

これは一体なんだ。

何が起きている。

テオは、何をしているんだ?

人々がテオを、革命の指導者として祭り上げている。

昨日までは魔術院の一員として、帝国を構成する人間の一人として、隅に埋もれていたはずの青年が、一夜にして帝国を底から覆している。

そしてその事を、誰一人として疑問を抱く事なく、まるで何年も前からそうであったかのように、新たな覇者の出現を人々は歓迎している。

これは、異常な光景だ。

白昼夢でも、もう少し現実味のある様子を映すだろう。

エルピダは、この日初めて、心の底からテオに恐怖した。

テオに出会った日、彼が大きな宿命を背負う、非凡なる人間である事は確信していた。

ただ、これほどのものであろうとは。

エルピダは、次々と剣を振るっていくテオを凝視した。

何十人もの血が流れ、最後に、ティアナ女帝が残された。

成人もせぬ、ほんの子供である。

テオも、体躯はともかく、歳だけで言えば、大して変わらぬはずである。

殺すのか、この子も。

ヴァーニスの血脈さえ断って、テオはこの国の王になるつもりか。

「かつてヴァーニス帝がそうしたように―」

昨晩のテオの弁舌が脳裏をよぎる。

しかし、ティアナ女帝は、つまらなさそうな顔でテオを一瞥すると、再び目を閉じただけだった。

「早くしてくださらないかしら」

テオはその言葉に応じて、剣を構える。

「こんな最後を迎えるために、私は生を与えられたのですね」

小さな女帝は、大きなため息を漏らした。

「ちっとも面白くなかったわ」

剣が空を走った。

それは、少なくとも未来を生きる者達にとっては、新しい歴史が始まる瞬間であった。

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夕刻、テオは広場に設置された簡易の踏み台に登り、佇んでいた。

人々は彼の言葉を待ち、静まり返っていた。

エルピダは、テオに呼ばれ、台の傍らにいた。

「あなたも、この革命の立役者だ」

その言葉は、あまりにも白々しく響いた。

それでも今は、テオなりの気遣いが見せてくれる人間味が、不安を和らげてくれる気がして、それに縋りたい気持ちもあった。

テオは、人々を見渡して、口を開いた。

「今日この日、真の自由を勝ち取ったのは、他でもないここにいる全ての人々である」

そこまで言うと、テオは剣を引き抜き、左手の甲を軽く撫でて、血を流した。

その血を民衆達に向け、叫ぶ。

「今日、ここにいる全ての人々が、戦うための剣を引き抜いたのだ。私は皆の剣だ。戦って勝ち取り得るもの全てを、私が皆に代わって手に入れよう」

テオは剣を掲げた。

民衆の感情が弾けた。

そこからは、意味のある言葉が聞こえる事はなかった。

方々から飛び交うあらゆる種類の歓声が全ての音を遮って、会話は成り立たなかった。

ただ、テオは、剣を掲げた先の空を見上げていた。

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新たな王が生まれ、文字通り一夜にして、帝国は生まれ変わった。

富は再分配され、行政は最適化され、まるで縛られて止まっていた血流が流れ出すように、滞っていた経済と物流が息を吹き返した。

革命とは、昨日まであったものを新しいものに置き換える過程である。

新たな形に順応するまで、本来は社会全体を混乱が支配するのが常である。

しかし帝国は、まるで昨日までそうであったかのように、一夜にして、全く異なる社会を受け入れた。

その、明らかに異常な事態に、異常さを感じられている人間は、エルピダの他にはいないように見受けられた。

また、革命決起の日以来、光を見る機会が得られない事にも、エルピダは疑問を感じていた。

テオの革命と、光が見えなくなった事に、何の相関関係があるのか、エルピダには全くわからなかったが、ただ彼はテオに詰問する時間を持てず、煩悶とする日々を過ごさざるを得なかった。

テオは言うまでもなく善政を敷いた。

そのために、一日中テオは城と街の各所を移動し続けていた。

つい数日前までは、魔術院の研究室で隣に座っていた若き同胞が、今は国をより良くするために奔走しているのだ。

エルピダにとってのそれは、ほとんど不審な行為だった。

あれほどの研究への情熱はどこへ行ったのか。

光がどこから来て、何をもたらすのか、その真実を共に追うのではなかったのか。

あるいは、光が何かをもたらした結果、彼にこの劇的な変化を与えてしまったのではないか。

しかし、確証を得る手段は何ひとつなかった。

国政が安定し始めた頃、テオは魔術院の拡大を指示した。

そして、これまでとは比較にならないほどの規模で研究設備を増強し始めた。

貴族の屋敷と見紛うほどの新しい研究室を見渡しながら、エルピダの中で謎がさらに深まった。

テオはまさか、このために国を覆したのか?

仮にそうであれば、なるほど筋は通るし、合点も行く。

ただ、そうであったならば、尚の事正気の沙汰とは思えぬ。

自身の研究を推し進めるために、国を盗ってしまおうなどと誰が考えるか。

そしてまた、それを本当に成し遂げてしまえる人間など、いようものか。

しかし、そうでない場合は、やはりテオの事が理解できなくなる。

自身の野心のため、あの演説のように、自分が欲しいものを全て手に入れるための戦いであったのかもしれない、そうに違いない、と思うしかなかった。

もはやテオは、どう転んでもエルピダの理解の範疇外の存在に変貌していた。

エルピダは再び、今度は独りで、光の正体を追い求める研究を再開した。

テオが研究室に戻ってくる事はなかった。

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テオは、覇王を自称した。

革命時の象徴的な黒い甲冑に、さらに外出に際してはフルフェイスの兜をかぶった。

曰く、威容を示す事も覇王の仕事である、との事だった。

ヴァーニス帝が力、ワーレン帝が知の支配なら、テオはカリスマの支配だった。

すべての人々が、不自然なほどにテオを信じていた。

テオに従えば全てがうまく行く、そう誰もが信じるからこそ無用な反駁も生じず、安定した社会の重要な要因となっていた。

不自然ではあったが、納得してしまいそうなほどのものを、テオは持っていた。

誰に対しても偉ぶる事なく平等に接し、聡明で、そして革命の日以後のどんな場面でも笑顔を絶やさなかった。

彼に対した時、臣下の者が感じる事は、不安や緊張よりも、安心と安らぎであった。

ずっとこの人と共に歩みたいと思わせる、圧倒的なカリスマ性が、テオの最大の武器であった。

民衆の覇王に対する態度は、親愛や忠誠よりも、むしろ盲信や崇拝に近かった。

そして、そんな王だからこそ、呼ばずとも後宮に入る事を望む女性達は跡を絶たなかった。

そんな者達に、テオは、どちらかと言えば冷淡な反応を示した。

だが、帝国は過去に跡継ぎが原因で幾度となく国難が訪れた経緯から、臣下達も後宮を据える事を強く推していた。

半ばやむを得ないような形で、テオは後宮の設置を許可した。

しかしテオは、有力者の家族などは全く迎えず、街先で貧しそうに暮らす者を選んでは後宮に迎えた。

そうして、その娘達には、様々な教育を施し、技術を身に着けさせ、働く場を用意した。

娘達は少なくとも寝食に不安を覚える事はなくなったが、特別贅沢ができるわけでもなかった。

そしてテオ自身も、一向に夜の閨に足を向ける事がなかった。

あまりに前例のない扱いに、臣下達は口々に”これは後宮と呼べるのか?”と疑問を呈した。

その問に大して、覇王はこう答えた。

「どんな貧しい身であっても、勤勉であれば覇王の寵愛を受けられるかもしれないと知れば、民衆は誰もが勤勉になろうとするだろう。優れた才能の芽が見つかれば、その娘と私とで成した子も優れた王になるだろう。愚王の歴史が繰り返される事もない」

臣下達は、後宮の事についてそれ以上追求する事をやめた。

代わりに、後宮とは別に、若い者を奨学励行する施設が作られ、性別年齢を問わず優れた者を国中から抜擢し重用するための制度が設けられるに至った。

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覇王はこうして富国を成し遂げ、遂にはヴァーニス帝の悲願、即ち諸国統一のための外征を再開した。

戦わずして併合される国がほとんどだったが、一方で、抗う相手に対して覇王は容赦なく果断であった。

礼を尽くす相手には礼を返し、丁重に扱い、平等な臣民として迎え入れた。

当初は暗黒時代の衰退によってヴァーニス帝全盛時の半分程度になっていた版図は、再び盛り返し、かつての領土を超えて、さらにその倍以上の領土を平らげて、帝国は歴史上最も隆盛する時期を迎えた。

革命から、10年が過ぎようとしていた。

~つづく~

ショートストーリー」は、Buriedbornesの本編で語られる事のない物語を補完するためのゲーム外コンテンツです。「ショートストーリー」で、よりBuriedbornesの世界を楽しんでいただけましたら幸い

です。

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