第46話 『覇王降臨(2) – 機運』 Advent of the Overlord chapter 2 – “Momentum”

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多くの奴隷の子がそうであるように、その”少年”…テオと呼ばれていた…は奴隷の子として産まれた。

彼に家族はいない。

父親は不明で、母親は出産時に死んでいる。

奇妙な事に、彼の母はおよそ25ヶ月に渡って彼を孕んでいたと言う。

産まれた直後、彼は産湯から自ら這い出したらしい。

天涯孤独となった彼を、不気味がった周囲は誰一人引き取ろうとしなかった。

しかし、奴隷達の所有者である商家の主は、奴隷達に彼を育てるように命じた。

せっかくの奴隷が出産で一人死んでしまい、その子まで失えば彼は損をする事になる。

商家は損を嫌った。

その子供が育ち、働き手となれば、やがて元が取れる。

商家の思惑とは別に、奴隷達はテオを煙たがった。

テオは1歳の頃には言葉を理解し、自分の足で歩き回っていた。

3歳の頃には、帳簿の計算を理解し、立ち寄った商家の帳面を覗き見て間違えを指摘し、驚かれた。

さらに不思議な事に、テオは鉱山の外側の知識を得ていた。

彼のその異常な知識量から、奴隷達が許可なく外部とやり取りをしていると疑われて、一度は独房に入れられた。

しかし、独房の最中で彼は隣村の街道事故を予言し、それは後に的中した。

彼は外部との接触がないままに外部の知識を得ている事を証明して見せたのだ。

商家の主は彼の扱いに窮した。

奴隷にしておく器ではないのかもしれない。

何か特別なものを持っている事に疑いはない。

しかし同時に、不気味でもあった。

得体が知れない何か。

神童と言えば聞こえは良いが、前時代的な商家や奴隷達にとって、彼はほとんど恐怖の対象でしかなかった。

産まれてすぐ、親を食らう蜘蛛がいると聞く。

彼はまさに、そのような理解し難い怪物じみた存在であった。

しかし同時に、うまく使う事ができれば、少年は利益をもたらす存在になるかもしれない。

商家の面々がそのように考えるようになった頃、テオはまるでそれに応えるかのように、奇行が目立ち始めた。

誰もいない方向を向いて一人で何かを喋っていたり、あらぬ方角を眺めては目を細めて何かを探っていた。

他者に口を開けば、星がどうの、光がどうの、外側がどうのと掴みどころのない事を繰り返し、周囲を困惑させた。

有益な情報を引き出そうとしても、テオは抽象的な表現ではぐらかすか、わからないと答えるばかりであった。

金の卵を産む鶏は、難産だった。

商家の思惑通りにはいかなかった。

とはいえ、テオは年齢以上の体躯で、年齢以上の仕事をこなしたため、何かをしでかそうという様子もなかったので、追い出す理由もなかった。

やがて主は、彼の事を諦めた。

拷問など、方法はいくらでもあったかもしれない。

しかし迷信深い主は、呪術的な報復を受けることを恐れて、踏み切る事ができなかった。

そもそも奴隷として一方的な服従を求めている事に対して受ける報復の可能性については考慮しなかった事は嘲笑に値するほどの無思慮と思えるかもしれないが、それこそが、当時の一般的な商家達が奴隷をどのように捉えているかを説明しているともいえる。

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魔術院に着いてからは、テオの生活は一変した。

読みきれないほどの書物に、思慮深い仲間の術士達、苦労のない生活。

”予言者”エルピダは、テオが新しい生活に年頃らしく喜ぶと予想していたが、その微笑ましい期待は見事に裏切られた。

テオは、一言だけ予言者に感謝を述べるだけで、まるで何年もそこが我が家であったかのように当然のような面持ちで魔術院で暮らし始めた。

1週間も経たぬうちに、彼は魔術院の立派な研究員の一人になりきっていた。

背格好こそまだ子供ではあるが、熱心に読書し、研究に向かい、仲間と議論する様は、もはや大人の研究員そのものを見るかのようであった。

彼は、テオを恐れた鉱山の人々の気持ちを十二分に理解した。

しかし一方で、嬉しくもあった。

魔術院において、テオだけが神童にあらず。

彼以外にも若い年頃から魔術院に身を置く者は少なくなかったし、エルピダも魔術員に来た頃にはまだ16だった。

そして何より、テオはエルピダと同じ「見えざるものを見る力」を有している。

ある種の親近感さえ覚え、エルピダは少年の来訪を心から歓迎した。

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テオが来て、エルピダの”力”にまつわる研究は、大きく前進した。

何故「見えざるものを見る力」が存在するのか、その理由については未だに見当がつかない状態ではあったが、少なくとも、いくつかの事は事実としてわかった。

まず、テオは、エルピダと同じようなものを見える事がわかった。

その見え方については、また個人差があるともわかった。

テオだけが見えるもの、エルピダだけが見えるもの、二人共に見えるものがそれぞれあるとわかった。

ただ、どうも見えるものはテオの方が多いように思われた。

見えるものは、様々な形をしていたが、それらは一様に、光の形を取っていた。

光は様々に色や角度を変えて、目に映る。

そして、そこからどのような意味を読み取るか、その点で言えばテオはエルピダよりまだ劣っていた。

テオは、光の中から意味を読み取るよりは、その見えざる光達が一体何であるか、その正体と成り立ちにこそ興味があるようだった。

エルピダは、その光が何であれ、そこには何かの意味があり、光が伝えようとする意図を解釈する事にこそ研究意義を見出していた。

二人は度々意見で対立したが、それは互いを尊重した議論であった。

二人共、互いが追い求めているものとその価値、情熱を理解し合っていた。

だから、二人が対立する理由は主に「魔術院の限られたリソースをどのように活かすか」の問題であった。

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数年を経て、テオは見る間に成長し、背丈は魔術員の誰よりも高くなっていた。

恵まれた体躯には靭やかな筋肉が宿り、まだ幼さは残りながらも端正な顔立ち、肩甲骨まで伸びて緩く結われた艷やかな黒髪、真一文字に閉じられ思慮深さを湛える唇は一度開けばたちどころに聞く者の蒙を啓いた。

魔術院は城内の一角に置かれていたが、城内でも彼の事を知らぬ者は一人もいなかった。女性達は用もなく魔術院の近くに立ち寄っては彼に微笑みかけたが、彼は無言で頷くばかりで、取り付く島もなかった。

テオもエルピダも、相変わらず力の理解に邁進していた。

光は、この世界を構成する、あるいはそれに類する”何か”が形となって二人の目に映り込み現象である。

そうした仮説は、二人の間で共有されるまでに至っていた。

しかし、国の情勢はそれを手放しには許さなかった。

年頃となった女王陛下は、その奔放さを城内に留めおけなくなっていた。

城下を巡っては横暴さを露呈し、ほとんど私欲のために増税を強いていた。

摂政ロー氏はこうした国民にまつわる問題をなおざりにし、自身の孫を女王陛下に番う事だけに執心していた。

政治は腐敗し、生活は困窮し、市民はもはや、爆発寸前だった。

治安は日を追うごとに悪化し、暴動は絶えなかったが、鎮圧する兵士の人員も物資も士気も不足していた。

次々と死者が出て、暴動は反乱へと姿を変えつつ合った。

魔術院は国を治める側の立場にあり、当然こうした現場の対応を補助する事になっていた。

テオやエルピダも例外ではなく、二人は全く望まない戦いに身を投じていた。

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あるとき、テオは城下の廃工場に立て籠もる反乱軍の鎮圧支援のため、現地へ招集された。

現地にたどり着いたときに初めて、テオはそこが魔石を加工し軍事用の呪具を生産する工場の跡である事に気がついた。

その光景は、どこか彼の原風景を彷彿とさせた。

そして、それと同時に、強い光が彼の視界を過ぎった。

一瞬の逡巡が、彼を硬直させた。

直立した彼の頭部めがけて、矢が飛来した。

矢は彼のこめかみ辺りを掠め、テオはその場に尻餅をついて倒れた。

「大丈夫ですか!?」

側にいた兵士が駆け寄り、テオを助け起こした。

テオは呆然としたままこめかみを掌で抑え、ぶつぶつと独り言を繰り返していた。

「俺の姿が… 帝国の…」

しばらくして正気を取り戻したテオは、廃工場内の気温を上昇させる事で反乱軍の鎮圧に成功したが、城内に帰還するまで、テオはずっと、何かを呟き続けていた。

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次の日の夜、テオはエルピダと共に、城内の兵舎にいた。

ベッドや壁や床のあちこちに負傷兵達が横たわったりもたれたりしている。

その間を縫うように、二人は兵舎の奥へ奥へと進んでいく。

「怪我人は増える一方だな…」

エルピダは周囲を見回しながら呟くが、テオは返事もせずに先へと急ぐ。

「一体何なんだ?私に用事って…」

エルピダはテオの後頭部を見つめて怪訝そうに尋ねる。

テオはまた問いには答えず、代わりに「とにかくついてこい」と促す。

やがて、テオは兵舎の奥の狭い会議室の前に止まった。

周囲は夜にも関わらず喧騒に包まれていた。

介抱に奔走する救護者、呻き声を上げる負傷者、新たな暴動の情報を運び込む伝令、出動可能な者を招集する部隊長。

限界だ。

エルピダはそう感じた。

この国を支える事は、もうできない。

そうなったら、魔術院も存続は不可能だろう。

光を追う研究は、ここで頓挫するのか。

悔しさがこみ上げ、うつむき、拳を握り込む。

そして、テオの後頭部に再び目を移す。

自身よりも若きこの黒髪の青年は、この事態に何を思うのか。

ここ数日、物思いに耽る彼に対して、かける言葉が見つからなかった。

テオは、扉に手をかけ、開け放った。

会議室には、数名の高名な武官が顔を連ねていた。

一同の視線が、テオに集まる。

エルピダは困惑した。

その面々は、帝国の武力の中枢を担う重役達である。

二人は、魔術院の末端に属する構成員でしかない。

場違いである。

何を考えているのか。

困惑するエルピダを余所に、テオは言い放つ。

「今この場に居合わせたすべての者に、覚悟を問おう」

天賦の威容。

会議室の全員が、声をなくし、テオの瞳に釘付けになっていた。

一体何が起きているのか。

テオは何を考えて、唐突にこんな場所にやってきたのだ?

そもそも、何故この部屋に、これだけの数の帝国の武官達が隠れて集っていた事を知っているのか?

エルピダは、その異常な様を扉の外から見守る事しかできない。

「人が、民が、国が、すべての者があるべき姿に戻らねばならない。生きるべき者が生き、死すべき者が死す。もはや、一刻の猶予もない。今こそ、先の帝位継承より続く歪みを正すべき時だ!」

テオが拳を突き上げた。

「今こそ、かつてヴァーニス帝がそうしたように、力で覇を唱えようではないか。これは天命である。統べるべき者が統べ、報いられるべき者が報いられる帝国を、ヴァーニス帝が興した帝国を取り戻すのだ!」

エルピダは、武官達の瞳に炎が宿るのを見た。

誰一人、この異質な闖入者に対して、異論を唱えなかった。

その日は、後の世に、革命決起の日として歴史に刻まれる日となった。

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~つづく~

ショートストーリー」は、Buriedbornesの本編で語られる事のない物語を補完するためのゲーム外コンテンツです。「ショートストーリー」で、よりBuriedbornesの世界を楽しんでいただけましたら幸い

です。

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